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14 古橋 寛子先生:管楽器科学、医療情報学

14 古橋 寛子先生:管楽器科学、医療情報学

■ 経歴


出身大学:九州大学歯学部 2012年卒業
出身大学院: 九州大学大学院歯学府歯学専攻博士課程(博士(歯学))
口腔顎顔面病態学講座 口腔画像情報科学分野
持続可能な社会を拓く決断科学大学院プログラム修了



■ 現在の肩書


・九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター 学術研究員(特任助教)
・日本歯科放射線学会 認定医
リサーチマップURL



■ 研究キーワード


・管楽器科学:金管楽器、Performing Arts Medicine、演奏芸術医学、cine MRI
・医療情報学:リアルワールドデータ(RWD)、漢方、ポリファーマシー(polypharmacy)



■ 自己紹介


私は現在、メディカル・インフォメーションセンター(以下MIC、いわゆる病院の医療情報部)に籍を置き、がんゲノムパネル検査の情報管理を主な業務とするかたわらで研究にも取り組んでいます。

目下、主業務に家事育児にてんてこ舞いの毎日でなかなか研究時間を確保できないのが悩みですが、ある程度の裁量も任されており充実した毎日を送っております。現在の研究テーマは「漢方薬のポリファーマシー」ということで、主業務も研究テーマも一切歯科と関係なく、いまやペーパー歯医者道まっしぐらです。



■ 研究に関する概要


「ポリファーマシー」という言葉を最近よく耳にするようになりました。
ほとんどの先生方はご存知だと思いますが、念のため確認しておくと、「薬の多剤併用によってなんらかの害が出ること」で、厳密に言うと多剤併用≠ポリファーマシーです。

高齢社会も板についてきた我が国では、一人の患者さんが複数の疾患を抱えている状態(格好つけて、多疾患併存状態といったり、multimorbidity、comorbidityなんて単語を使うこともあります)が増えています。そうなると「病気Aにこの薬、病気Bにこの薬、ついでに薬の副作用で胃が荒れるからさらに胃薬、え?眠れないなら睡眠導入剤も追加しておきましょうか……」というように必然的に飲む薬が増えてしまいます。多剤併用は薬物有害事象のリスクを高めるだけでなく、服薬アドヒアランスを下げたり、医療費を無駄に使ってしまったりとうれしくないことが多いので、最近ではできるだけ飲む薬を減らしていこうという動きが盛んです。

こうした流れの中でにわかに脚光を浴びてきているのが漢方薬です。
漢方薬は「方証相対」という西洋医学とは全く異なる診療体系のもとで、原則として一人の患者さんには一つの薬で対応します。つまり、多数の症状や愁訴があったとしても全部まとめて「で、結局今のからだの状態は全体としてどうなってるの?」というのを総合的に判断して対応する薬を一つ処方するという考え方です。

一方で、こうした伝統的な使われ方とは別に「病名漢方」と呼ばれる、西洋医学的な使われ方も増えてきています。
漢方薬に関するエビデンスも集積してきて、漢方薬が掲載されたガイドラインは今や130を超えています。例えば術後のイレウス予防には大建中湯、こむら返りには芍薬甘草湯というような一対一対応での処方も一般的になってきました。

ここで問題になってくるのが漢方薬の多剤併用、そしてそれがなんらかの害につながってしまう「漢方薬のポリファーマシー」です。元々単剤使用を前提として使われてきた漢方薬が急に多剤併用されるようになり、これは危ないのでは?と不安になるのは当然の帰結です。

そこで、「それなら実際のところどのくらい漢方薬の多剤併用って起こっているのだろう?」というのを調べてみたのが私の研究です。ある期間中に九州大学病院を受診して漢方薬を処方された患者さん全員の処方状況を調べてみたところ、およそ5人に1人は1日以上多剤併用状態になった日があったことがわかりました。そのうち8割以上には構成生薬の重複がみられました。5人に1人という割合を多いと取るか少ないと取るか、立場によって変わってくるとは思いますが私は決して見過ごせない数ではないかと考えています。現在はこれに引き続き、漢方薬と関連する 薬物有害事象はどのくらい起こっているのだろうか?というのを調べているところで、将来的には漢方薬の多剤処方は特に薬物有害事象に対してどのような影響を与えるのかを明らかにしたいと考えてがんばっています。



■ 今までの研究成果


というわけで、漢方薬のことも熱く語れるようになってきたところですが、実はこのテーマはMICに配属されてから携わるようになったもので、決して元々漢方薬大好き人間だったというわけではありません。

むしろ私が大好きだった(そして今も大好きな)のは管楽器で、歯科医師になったのも管楽器が好きすぎたからでした。
管楽器に関わる仕事に就きたいけど、プロになるほどうまくもないし、楽器の修理屋さんは働き口が少なそう……と悩んでいたときにふと「そうだ、歯医者さんになればいい!管楽器は口で吹く楽器なのだから、口の専門家っていうのはいいかもしれない!」と思い立ち、そのまま歯学部にやってきました。しかし、歯学部生活6年間の中で管楽器の話が出てきたのは、忘れもしない口腔外科の講義での「頬筋はトランペット筋とも言うよ」の1回だけ。 臨床家としては全然管楽器には関われないではないかと絶望し、それならもう管楽器の研究者になるしかないな?と一転して安直な考えで大学院に進むことを決めました。とはいえ、管楽器の研究ができる場所を訪ねて三千里、全国の医歯薬系の大学の研究室を片っ端から調べてみても、なかなか受け入れてもらえるところがなく途方に暮れていたところに、MRIを使えばおもしろいことができるかもしれないよ?と鶴の一声をかけていただき、九州大学の歯科放射線学教室のお世話になることに決めました。私の中で学生のときの苦手科目1、2を争っていた歯科放射線のお世話になるとは人生なにがあるかわからないものです(ちなみにもう一つは歯科理工学でした)。

歯科放射線の分野にはX線、CT、MRI、超音波と色々なモダリティがありますが、管楽器演奏を対象にするのであれば非接触かつ被爆がないMRIが最適だろうということで、最終的にはcineMRIという動画での撮像法を使って研究を行いました。管楽器(トランペット)を吹いているときの口の中はどうなっているのか、音楽家向けの教則本などではよくその図が出てくるけれども本当はどうなのか?という素朴な疑問の解明に取り組むこと4年と半年
途中で第一子の妊娠・出産もはさみつつ、強い音と弱い音、高い音と低い音ではどんな違いがあるのかを初心者からプロ奏者まで多数の方にご協力いただき撮像することができました。

結果、高低変化では、高い音で舌が前上方へ突出して音響インピーダンスを上げていること、強弱変化では、強い音で舌が後下方へ収縮して口腔内の高圧に対応していることがわかりました。だいぶ時間はかかりましたが、念願かなって「cine MRIを用いた管楽器演奏中の口腔内動態の定量的評価法の開発」という管楽器の研究で博士の学位を取ることができました。

この大学院在籍時には同時にリーディングプログラムの決断科学プログラムにも所属していました。 分野横断型の教育プログラムで、こちらではまたまた歯科とは無縁の統治モジュールという社会科学系の分野に所属し、あちこちにフィールドワークに飛び回る生活を送っていました。研究テーマは「地域おこし協力隊」
査読付き論文こそ出せませんでしたが、国際シンポジウムでの発表や紀要論文作成など、社会科学的なアプローチの仕方も同時に学べて非常に充実した時間を過ごすことができました。実は、現所属長の先生はこの決断科学プログラムの別モジュールのモジュール長を担当されていて、この頃はまさかその後お世話になることになるとは夢にも思っていませんでした。



■ 今後の展望


管楽器、地域おこし協力隊、漢方薬と見境なくやりたい放題やってきた私ですが、そうやって色々なものを見てきたおかげ?かめぐりめぐってやっと歯科×医療情報での私なりのテーマを見つけられそうなところまでやって来ました。MICの主業務も随分と回るようになってきたので、今後はぜひ本来のバックグラウンドを活かした研究テーマにも積極的に取り組んで、その結果を社会に還元していきたいです。

……そしていずれは管楽器科学の世界に凱旋するというのも座右の目標です。まだまだ貪欲に興味の赴くまま私らしく進んでいきたいです。



■ 臨床家の先生方にお伝えしたいこと


臨床が一時的に難しいな、負担だなと感じるとき、(多少語弊はありますが)気分転換に期間限定で研究をやってみるというのはいかがでしょうか?

歯科のバックグラウンドを活かす研究は何も細胞やマウスを扱う基礎研究や、大規模な研究組織が必要な介入研究ばかりではありません。私が現在取り組んでいるようなデータ駆動型の観察研究であれば、極論を言えばおうちのパソコンで研究することも可能です。もちろんしっかりと研究計画を立てたり、それを確実に実行していったりする部分ではどんな研究形式にも共通の大変さはありますが、「私には研究は向いていないから……」と諦めていた先生方にもぜひチャレンジしてみてほしいです。
こちらの世界を覗いてみませんか?

特に私と同世代の若手の女性歯科医師のみなさまにデータ駆動型観察研究はおすすめです!
歯科医師としてのキャリアはつなげたいけど妊娠・出産・子育てのことを考えると診療はしんどいという方、そのままドロップ・アウトしてしまうのではなくぜひ一緒に研究者として生き延びてやりましょう!おもしろいリサーチクエスチョンを作るには何より臨床経験や歯科の専門知識が欠かせません。せっかくの能力を眠らせてしまうのはご本人にとっても社会にとってももったいないことです。私自身も2人目の出産を機に完全に診療から離れたポジションに移りましたが、むしろ精神的な負担が減り、時間の融通もきくようになって、非常に快適に働くことができています。もちろんこうした若手女性だけでなく臨床家の先生方誰でもご自身の興味関心に従ってもっと気軽にアカデミアに立ち寄って、あるいは協力して研究ができるような、そんな流れを作っていきたいものですね。



■ アカデミアからのご提案


私の所属している九州大学病院MICでは、COS3(コススリー)と称して観察研究の支援事業を行っています。
観察研究ってどんなもの?観察研究を計画しているけど、専門的なサポートがほしいなぁという方がおられましたら、ぜひこちらをクリック・タップしてお気軽にご相談ください。



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2020年10月04日

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