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9 大野 幸子先生:歯科臨床疫学、大規模医療データ分析

9 大野 幸子先生:歯科臨床疫学、大規模医療データ分析

■ 経歴等


出身大学:
北海道大学歯学部(2005年卒業)


出身大学院:
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻
専門職学位課程(公衆衛生学修士)
同社会医学専攻博士課程(医学博士)


■ 現在の肩書:


東京大学大学院医学系研究科イートロス医学講座 特任講師
北海道大学大学院医学系研究院 非常勤講師
自治医科大学 客員研究員
国立国際医療センター 客員研究員
臨床疫学会臨床疫学専門家



■ 研究キーワード


歯科臨床疫学、大規模医療データ分析



■ 研究に関する概要


筆者は、レセプト(保険者に請求する診療報酬明細書)など、いわゆるビッグデータを用いた臨床疫学研究を行っています。歯科で保険診療を行うと病名や診療内容を記載したレセプトデータが審査支払機関に送られます。そのレセプトを収集し、内容を分析することで、疾患の罹患率や治療の有効性を調べることができるのです。

近年、より良い医療の提供のためEvidence Based Medicine/Dentistry (EBM/EBD)の実践が重要視されており、大規模臨床研究によるエビデンス創出の必要性が高まっています。

エビデンスというと、Randomized Control Trial (RCT)によって生み出されるものと認識されているかもしれません。しかしながら、実際には倫理面や費用の制約によりRCTができない場面が多く存在します。例えば、ある歯牙欠損の予後を調べるにあたって、ブリッジにするか義歯にするかに関して患者さんの希望を無視して、ランダムに割り当てることは倫理的に許されません。
また同様の歯牙欠損を持つ患者さんを何百人、何千人と集めて数年間追跡するのもかなりの費用と労力が必要です。そのため、RCTが困難なテーマでは観察研究が盛んに行われています。

中でも注目されているのは、恒常的に蓄積されている診療情報を用いた大規模臨床疫学研究です。そのような診療情報データで最も研究利用されているのがレセプトデータです。レセプトデータを用いた臨床研究では、データ収集の労力が大幅に低減されるばかりではなく、膨大なN数を対象にすることができます。実際に、医科では診療報酬の請求に用いるレセプトデータ等のビッグデータを用いた観察研究が盛んに行われ、エビデンスの創出に大きく貢献しています。

一方、歯科に目を向けてみると、歯科診療行為のエビデンスは限定的なものも未だ少なくありません。そもそも、歯科診療の多くは個人診療所外来で行われていることから、RCTも観察研究も大規模で行うことが医科と比較して困難です。さらに、既存の大規模データベースは医科情報に対して最適化されており歯科臨床研究には適さないものが多かったこと、研究に従事する歯科医師の数が少ないことも歯科エビデンス創出の妨げとなっていました。

しかし幸運なことにここ数年で、状況はだいぶ改善されつつあります。口腔の健康の重要性が一般に浸透してきたこと、歯科情報を含むデータベースを研究利用できるようになったことで、歯科のエビデンス創出の取り組みが飛躍的に増加しています。筆者ら研究チームでも「レセプト・特定健診情報等データベース(National receipt database: NDB)」「介護データベース」「国保データベース」「JMDCデータベース」などを用いて歯科臨床研究を行い、術前口腔ケアの効果や歯科医療政策の効果について報告を行ってきました。

もちろん歯科レセプトも万能ではありません。レセプトに記載された保険上の病名や診療行為が実際の診断名と診療行為を必ずしも反映していない場合(誤分類)が多々あります。歯周ポケットの深さは分かりませんし、診断に際し大きな位置を占める画像情報もありません。今後のEBD推進に際しては、これらの問題を一つずつ解決していく必要があります。

手始めとして、現在筆者らの研究チームでは、歯科レセプトと電子カルテを照らし合わせ疾患別、診療行為別に誤分類の頻度を調査しています(バリデーションスタディ)。誤分類の頻度がわかると、当該データベースを用いた研究の結果を提示する際に、その結果が誤分類からどの程度影響を受けた可能性があるかを提示することができ、研究結果の信頼性も報告することがでます。つまり、バリデーションスタディというのはそれ自体が歯科のエビデンスを創出するわけではなく、今後行われるデータベース研究の信頼性を担保することが目的です。その意味ではバリデーションスタディは歯科レセプトを用いる未来の研究すべてへの投資といえます。



■ 臨床家の先生方にお伝えしたいこと


歯科エビデンス創出を妨げる要因として、研究に従事する歯科医師が少ないことを挙げました。筆者は、臨床に従事する先生方の臨床研究参画によりEBDが推進し、ひいては今後の歯科医療の向上につながると信じています。

臨床を行っていると、ガイドラインに記載のない症例に出会うことやエビデンスが不充分である診療に疑問を感じることがきっとあると思います。筆者もその一人でした。臨床に従事する中で、自分の診療を何度も疑問に思い、不確かなエビデンスをもとに患者さんに適応することに対し一抹の罪悪感を抱いていました。

卒後10年経ってもその思いは消えず、歯科のエビデンスを求めた結果、研究者に転身するべく大学院に入り直しました。そこで、研究デザインや統計、論文の書き方などを一から学びました。一からというのは、大学教育でも歯科医師になってからも臨床研究の方法について学ぶ機会がなかったからです。臨床研究は臨床上の疑問を解決するための研究であり、臨床家の視点なしで良い研究をすることは困難です。そのため、筆者は臨床家の臨床研究参画の機会を作ることこそが重要なのではないかと考えました。

現在、臨床家の先生方の研究への参画を支援する取り組みとして、臨床研究に関連する教育・相談・支援を行うプラットフォーム構築を検討しています。すでにNPO(臨床疫学教育研究機構)←LINKありを立ち上げ、医療従事者向けの統計セミナーを開催しており、今後は研究デザインの方法論なども企画していきます。残念ながら、他の職種に比べ歯科医師の参加はまだまだ少ないのが現状です。
「ビッグデータ」や「臨床研究」というと、一部の研究者が実施する特殊な研究と思われがちですが、実は臨床で生じた疑問を解決するという意味では非常に実践的な学問です。日々生じる臨床の疑問を研究で解決できるかもしれないと考えると、それだけでワクワクしてきませんでしょうか。



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2020年06月08日

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